Edtech女子の学び散歩道

学習分野やキャリア教育分野に興味あり、最近はファシリテーション、コーチングも学び中です。学んだことを書いていきます。

【読書メモ】キャリアデザイン入門[I]基礎力編 第2版 (日経文庫) 新書 – 2016/3/16

【読書ノート】 キャリアの本は著者によって考え方が異なる部分があることがわかってきたので一旦一冊ずつ記録にしていきたいと思う。 今日の本は「キャリアデザイン入門[I]基礎力編 第2版 (日経文庫) 新書 」である。

ただし、本を網羅的にまとめるのではなく、あくまでも私が気になった部分のみ記載し、コメントを付け加えるものであることを了承願いたい。

以下はamazonに書かれている紹介文である(引用)

◆対人能力、自己抑制力、持続力など仕事に必要な社会人基礎力をどう身に付け、今後のキャリアアップにつなげていくかをやさしく解説。先輩や上司が選んだ新入・若手社員にいちばん読んでほしい本の待望の改訂版。

◆改訂にあたっては、学生・若手社員により役立つ内容にブラッシュアップ。かつキャリアルートの多様化や女性活躍推進、ワークライフバランスの最新の内容を盛り込む。

◆第1版の読者レビューでは、「自分のキャリアを考える上で最適の本」「上司にすすめられた」「部下にすすめた」「人生でもっと早く出会えていたらよかった」などと絶賛されている。

◆著者は、人事や働き方に関する研究所をリクルート内で自ら設立し、率いてきた第一級の識者。

著者はキャリア構築において二段階あることを定義している。 30代より前は社会人基礎力をそもそもつける段階であり、専門性をつける前にまず働くことに対して基礎を固めていく時期としている。その後働いているうちに自分の専門性を覚悟を持って決定し、極めていくこととしている。今回は前半部分の基礎編について書かれたものである。

キャリアの定義

キャリアをデザインするということは、自分の将来に対してリーダーシップを発揮するということである。

キャリアの成功とは、自分らしく仕事をしている状態であり、キャリアにフィット感・納得かながある状態である。

キャリアの初期段階では感じることはできない。

キャリアデザインは人生の節目ごとに繰り返される長期にわたる活動であり、試行錯誤と経験の積み重ねの結果として成し遂げられるものある。

キャリアの展望は、そのまま自分の成長計画でもなければならない。

「キャリア」とは職務経験であり、仕事に対する自己イメージであると。つまり二つの側面があるのだ。

仕事に対する自己イメージとは、職業アイデンティティのことであり、「キャリアの主観側面」と呼ばれる。

著者のキャリアに対する考え方は上記のような言葉に集約されているように思う。 前提としてキャリアを自分事として捉える必要があり、将来を見据えてある程度計画を立てるべきと私は解釈した。また仕事をしはじめた段階ではなかなか納得感を得ることは難しく、その理由としてそもそも社会人としての基礎力が未熟であることと、仕事に対しての価値観を育成できていないからとしている。

理論

本書が理論についても紹介している。

■シャインの3つのという問い

自分にできることは何か?(能力、才能)

自分は何がやりたいのか?(動機・欲求)

自分は何をやることに価値を感じるか?(意味・価値)

似たものとしてWill Can Mustという言い方である。 Willにあたるのは何をしたいかという点。 Canにあたるのは何ができるのか。 Mustが会社に求められていること、役割、すべきこと という分け方である。

会社が求めるものがMustとして存在して、それに対して自分ができることはなにか そしてそれはやりたいことなのか、やりたいと思うことに対して方向性があっているかというのを整理するものとして会社で面談なので使われる。

差異がないと思っていたのだが、改めて比べると3つめが少し異なるように思う。 シャインの3つの問いを就活をイメージしてかんがえてみると自己分析として使える。 自分がやりたいと思うことはどんなことかは業界や職種につながってくる またできることはいわゆる強みとあたるものになり、職種選びにも関わってくる 最後にどのようなことをやっている自分だったら意味があると思えて、価値があると感じられるかを問われている。Mustはやるべきことはなにかという問いに対して、あくまでも自分のなかに答えがある質問となっている。この回答に即答できるのはなかなか難しいように思う。

仕事をする上でこの三つが綺麗にそろうことが仕事を行ううえでの幸せにつながる。

ベスト・マッチングの分野

スーパー(D.E.Super):職業適合性の研究者

ホランド(J.L.Holland):ホランドの六角形(研究的、芸術的、社会的、企業的、慣習的、現実的) 六角形で表現されたパーソナリティ・タイプの理論を使って職業趣味検査を行うもので、現在は「VIP職業趣味検査」

キャリアアンカー」職業に就いて五年から十年を経た段階で使われる シャインの三つの問いに対する答えを統合したもので、具体的には八つあるとしている。

  1. 専門・職能別コンピタンス

  2. 全般管理コンピタンス

  3. 自律・独立

  4. 保障・安定

5.起業家的創造性

  1. 奉仕・社会貢献

  2. 純粋な挑戦

  3. 生活様式

どんな仕事が向いているかの適性診断にあたるものがこの分野にあたる。 価値観の診断と、プラス職種(傾向)をリコメンドしてくれるものである。

■キャリア論の研究のひとつに意思決定論的なアプローチがある

ジェラット(H.B.Gelatt):客観的・合理的な決定だけでなく、主観的・直感的意思決定も重要であるとして「積極的不確実性(Positive Uncertainty)という理論を導き出した。

クアンボルツ(J.D.Krumboltz) 「計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」 キャリアの多くは予期しない偶然の出来事によって支配されると言い、将来の目標を明確に決めて、そこから逆算して計画的にキャリアをつくりこんでいくような方法は現実的でないと説いたのだ。

キャリアは計画的に立てるものでなく、偶然の出来事で形成されているとも言われている。 具体的には上司や働く人を選ぶことが難しいことだったり、異動など仕事上予想できないことにも適応しながら形成していくこともあるということだろう。

■節目またはトランジションという考える

キャリア・トランジョン(転機もしくは節目と訳す)に着目する研究

シュロスバーグ(N.K.Schlossberg) 自分の役割、人間関係、日常生活、考え方を変えてしまうような人生における出来事をトランジションと捉え、その対処を焦点を当てている。 どのトランジションでも見極め、点検し、受け止め売れプロセスを通じて乗り越えることができるし、乗り越えるための資源として四つのS、つまり状況(Situation),自分自身(Self),周囲の援助(Support),戦略(Strategies)をあげている。 「予期しているもの」「予期していなかったもの」「予期していたのに起こらなかったもの」の3つがあり、自分がトランジションだと認識しないとトランジションではない。

ブリッジズ(W.Bridges)(アメリカの心理学者) 3つの段階があるとしている。第1段階「何かが変わる」第2段階「ニュートラル・ゾーン」第3段階「何かが始まる」第2段階が最も重要で、一人の時間、静かな場所、言語化、休息などを意識的に確保して、改めて自分と向きあう必要があるとしている。

■能力論

次にそもそも能力があるということはどういうことかについてを 歴史とともに振り返っていた。

■能力論の起源 古代ギリシャプラトン 人間個人の才能に注目が集まり、その象徴が紀元前七百七十六年オリンピック競技。 プラトンは能力を「我々や他のものすべてのものをして、それぞれがなしうるところのことを、なしうるようにさせる力」と定義した上で、「知恵」と「勇気」と「節制」を能力の要素としている。支配者には知恵が必要で、戦士には勇気、生産者には物欲を抑えて仕事に励む節制を決めたのである。

能力は持って生まれたものと考えられていた=生得主義という。1900年まで信じられていた。

■高度経済成長期の能力観 日本企業の大半が職務遂行能力に基づく職能資格制度を導入していた時代。 日経連(現在は合併し日本経団連)が定義しているのは以下。 能力=職務遂行能力=「体力」✖︎「適性」✖︎「知識」✖︎「経験」✖︎「性格」✖︎「意欲」

ドライバー(M.J.Driver)が複数の企業のビジネスエグゼクティブや専門職を対象に調査を実施し、キャリアの方向性とひとつのところにとどまる時間を類型化したキャリアキャリアコンセプトというものがある。(その後リクルートワークスが日本で調査)

2011年に小学校段階から身につけるべき対人・対自己・対課題といった基礎力とキャリアプランニング能力を示し、発展段階に応じて獲得することを推奨している。

学年におけるキャリア教育

海外事例も交えた各学年におけるキャリア教育について書かれていた。

■小学生

小学生に幼稚園児の世話をさせる社会適性な役割を体験 町探検 働いているひとを意識。親も含めて。 2分の1成人式 将来どのような大人になりたいか決意表明いたり。 職場体験。アメリカだとジョブ・シャドウイング(Job Shadowing)というイベントが毎年二月に行われていて、特定の職業職業についているひとに半日程度影のように着いて歩くのだが、子供の職業観に大きな影響を与えることがある。

何になりたいかが大事ではなく、職業名はたかが知れているのでなぜアイドルになりたいのかの理由を聞くことで他にもあるかもしれない。

■中学生

働くことを通じて誰に何を提供している職業なのか。

品川区は「市民科」という授業。社会の一員として必要とされる知識を実践的に学ぶ。「葛藤を解決する」「社会の仕組みを学ぶ」「会社の経営活動をまなぶ」「生活コストを考えながら将来の人生設計の方法を学ぶ」など。→これまで自然に学んできたのに学ぶ機会が減ったので授業科して取得した。

■高校生

アメリカのいくつかの州では高校進学時期の進路選択に備え、自分が進みたい分野を「仮決め」させている。進路選択を仮にやってみることで、自ら必要な情報を集め、意思決定できるように訓練するのだ。自分の希望する分野にどのような仕事があるのか、自分はなぜその分野を希望するかといった内容をレポートにまとめて提出する。

最後に用語として以下ふたつを知らなかったので記述する。

**入社直後のキャリア危機;リアリティ・ショック 頭で想像していた仕事あるいは職場と、現実との間に大きなギャップがあって、それを埋めることはできない。 →人事部の取り組み RJP (Realistic Job Preview)がある

オンコール・ワーカー:日雇い的働き方

最後に

キャリア教育とひとこといってもさまざまな理論があり、奥が深いことを再認識した。 今回のブログはあくまでもただのメモに過ぎないが、再度別の機会に自分のきになる部分を深めていこうと思う。

紹介した本は以下でした。

ファシリテーターたちからの学び

前回に引き続きAdventCalenderに挑戦します。テーマはファシリテーションを題材に第二弾。
殴り書きっぽくなってしまいまだまだ深められていなくて悔しいかぎりですが、投稿します。
後日少し修正するかもです。
 
今回の題材はファシリテーターズインタビュー。
ファシリテーターはどこにいますか?」を最後にきくこと以外は話者たちの自由で展開される ファシリテーターにインタビューして原点や普段のファシリテーションについて話を聞く場です。 
数回参加させていただいたなかでの気づきを記述していきたいと思います。
同じテーマ、場であっても、人が違えば場が変わるので、 その場にあったファシリテーションを組み立てていく必要があることを学んだ場でした。 
個々のファシリテーターが持つスタイルだけでなく、その場や相手に対してどうふるまうかのパターンが見れたので、簡単ですがまとめてみたいと思います。

複数参加するなかで、気づいた要素はだいたい以下のような要素を観察していたように思います。
1.話すスピード、テンポ、時間の流れ
2.考える、思考時間の撮り方
3.原点への引き出し方のアプローチ
4.参加者の立ち位置、関わらせ方
5.問いのスタイル
6.事前準備度(相手の調査面)
7.場で判断した事前にはわからなかった要素
8.自分の話をどこまでするのか

ではそれぞれ上記項目を見ながら印象に残ったものを考えていきます。
Ⅰ 関さん×神戸さん
話すペースは聞き手の神戸さんが作り上げていました。普段早口気味の関さんが影響されていたのが印象に残っています。
事前に打ち合わせはほとんどなかったようで、分野が違う二人だからこそ、神戸さんが自分の疑問を逃さずに聞いていく点や論理的に整理して話そうとする関さんに対してなぜそういう点にこだわるかなど違和感をそのまま伝えていくスタイルでした。
なんでなんでを繰り返すことによって、深い思考を促すスタイルで、深めていくことでその人の原点を引き出していっていました。
この会では神戸さんの話には触れることはありませんでした。
Ⅱ 山崎さん×関さん
こちらも聞き手での関さんがリードしつつ、話上手な山崎さんが展開していくような印象を受けました。
関さんの特徴としては自分の理解と同時に聞き手にも理解させようと、会話の間に解説や理解のための図を補う点です。
参加者が持って帰るものを整列させる印象があり、聞き手にゆだねるというよりはそろえにいくのは普段の勉強会でのファシリテーションスタイルが見えた部分でもありました。

Ⅲ 小野さん×ガオリュウさん
この会は私から見る今までのスタイルからは変わっていました。
グラフィックレコードも合わせて行われたのですが、レコーダーが話しての気持ちを読み取って 3人で作り上げている印象を受けました。 
またこの会は話し手がゆっくりと考えながら思考するタイプの方だったこともあり 、答えにたどり着く過程において参加者へ意見をもとめたり、むしろアウトプットを出させてみるなど 
参加者も一緒に考えるスタイルが一番とられていたように思います。質問が振られて共感ポイントを話し手が思考したり、どう見えるかを客観的な視点を話し手が得られるように作られていきました。
無言なる瞬間も場として許容できる暖かい雰囲気が作られていたように思います。

Ⅳ 中村さんとガオリュウさん
事前準備を感じたのはこの会です。中村さんに対してどんなことを聞くかをさまざまなところから本人について調べて 、意見の方向性や考え方について把握したうえで深い質問を考えてきた印象がありました。 
またはじめに何を期待しているのかを参加者に明確に聞いたのも他との違いでした。
この場は中村さんだから来たという方も多かったので、期待値の調整を冒頭で図ったのが
あえて無茶ブリと思われるような質問やひょうきんな質問などをぶつけることで答えの幅を広げようとした部分が理解できました。

全体を通して

このように言語化してみるとポイントだけ書くのはイメージがしにくいかもしれません。
その場にいて感じながら観察することにも重要性を感じます。
いろんな場に参加していくことによって、違いや自分ならどうやるかをイメージしていくことで学んでいくのもファシリテーターの成長につながるように思います。
ファシリテーションに答えがないというのは、その場が生き物である以上 その時にあったものをどうするかはファシリテーターにかかっているのかもしれません。


対話での描きから生まれる可視化

ガオリュウさんよりお誘いを受けて、はじめてのAdvent Calenderに挑戦です。 テーマはファシリテーションについて@1回目。 はじめてなのだからあまり意気込んでもと思ったので、最近の気になり事から書いてみようと思います。 軽い自己紹介ですが普段はサービスの商品企画を行なっており、最近ファシリテーション学び中でガオリュウさんにもお世話になっています。

ではさっそく。

はじめに

場を作るにあたって「書く」か「書かないか」というのはそれなりにポイントになってくるように思います。実際いろんなワークショップやら講演に参加すると、聞き手にワークシートで書かせる場合やホワイトボードに書記的なポジションの人が書いたり、最近はグラフィックレコーダの方が絵も交えて書かれる場合などあります。もちろん会議での議事録、ホワイトボードでのメモも定番であります。

今回は理論ベースではなく経験ベースに感じたことをベースに私の描くことへのこだわりを書いていこうと思います。描くをテーマにした以上、手書きでの頭の整理したものも交えながら話していけたらなと思います。

私にとっての描くということ≠記録 =可視化

なぜ描くのか。私の場合事実をそのままに描くのはできません。 あくまでもその場に必要だと感じたときに使う一つのツールに過ぎません。 描くことがその場に必要だと思ったときに描きます。 書くではなく、描くという変換にしている意図はそのまま書き写すのではなく、感じたままに描くということを伝えたかったのです。

上の図に文章で書いてしまっているように、対話において「可視化」が必要だと判断した場合に私は描いています。それは聞き手となる自分のためであると同時に何かを返したいと思ったときに、相手のことを一緒に考えられるように客観的なアウトプットを見せたいのだと思います。 こういった目的によって描いているので、認識を揃えるために使ったり、一歩踏み込んで聞くときに描かれている箇所を指をさしながら話しながらさらに描いていきます。

実際どんなふうに書いているの?

可視化、認識揃える、深掘りに使っているだけなので、絵は基本必要ありません。というか書けませんw 人ぐらいはぎりぎり絵を描いている気もしますが、あとは感情や重要だなっと思う言葉がでてきたら囲ったり、ハートやら音符がでてきたり、天秤にかけるような言葉がでたら図示してみるなど可視化できることにこだわります。

描く場面での使われ方

人数によって差があるかなと思ったのですが、実際整理してみるとあまり差がありませんでした。 1対1であっても、複数であっても実は個々をみており、複数の場合は実は全員みれているのではなく、特定の個々に注目しているだけで、その違いに過ぎないのかもしれません。 本当は実際のメモを見せたほうがいいのかもしれないのですが、個人の深い話をしているので公開は難しいので残念ですw

最近描くことに自信が持てて来た背景は、まず聞いていくこと、理解しようとしていること、実際に理解できているということを相手に描くことで伝えることができるという点、そしてもうひとつはある瞬間にそういうことかと納得したり、深掘ってきいたときに楽しそうに話す姿を見せてくれる点にあるように思います。

1点目は私自身の向き合いかたにつながります。うなづきだけでなく、一緒にその場を作っていることを大事にしたいので、描くことはそれを支えてくれるように思います。 2点目に関しては相手への注意力が必要となってきます。描く瞬間の表情の変化、声のトーンを逃さないということにもつながっていきます。異なれば表情は自然と曇りますので、言い換えたキーワードを書いたり、図示して言葉以外のもので表現したときには確かめる方法になります。

描くということを改めてこうやって振り返っていくと進行していくうえで重要で、対話の手助けにつながっていくのだと思います。対話の場に同じものは存在しないなかで、その場を常に感じ取っていかないといけないとなるとこの可視化がお互いの原点、振り返る場所として重要な役割を担うのかなと思います。

最後に

今回の描くという行為は記録を残すという役割ではなく、その場を共有したものが思い出せるツールに過ぎないのかもしれません。残したものに物語が宿るというか、会話したものが一語一句書かれることよりも感じたものごと持ち帰ってほしいとそんなつもりで描いているのかもしれません。

講演などで一語一句漏らさないような形で書き取ってみたことはあるのですが、そういうものは実は私自身があまり読み返さないことに気づいたんですよね。 思い出せるもの、印象に残ったものぐらいを残したほうが人の記憶には残りやすいというのは自分の経験から来ているだけなのかもしれません。

ひとの話を聞くのは好きなので、今後も経験を積んでより描くことを強化していけたらと。 お誘いあれば話を聞きに伺います!w

なぜよいものが売れないのか。

私はずっと不思議に思っていた。 なぜよいものが売れない、知れ渡っていないのだろうか。

そんな疑問の回答のひとつがこの本に書かれていた。

本『99.9%成功するしかけ キシリトールブームを生み出したすごいビジネスモデル 単行本(ソフトカバー) –』

キシリトールは今では誰もが知っている言葉で ガムには当たり前に入っており、虫歯予防がセットで知らせている。

今の状況を考えれば、あることが当たり前だったが、こうなるまでにはいくつかの障害があった。

  • 日本では医療目的でのみキシリトールはみとめられており、食品目的では許可されていなかった
  • 歯医者にとって虫歯を治す場所なのに虫歯予防となると敵視されてしまう
  • 薬事法の縛りでパッケージに虫歯予防をかけない
  • そもそも他の商品より高くなってしまう商品を買うのか などがあった。

これに対して以下のようなポイントで行動を起こしている。

BtoBtoC 素材メーカーだからといって取引先の企業相手のみ商売するのではなく、消費者に届くまでの過程を一緒に追うというエピソードが書かれていた。最終的に届くカスタマーまで見据えてビジネスを考える視点があった。

またどのようにキシリトールが日常にある状況を作るかについてのストーリーづくりが巧妙である。 たとえば歯医者に対してはまず虫歯予防に注目し、共感を得やすい先生の心をつかみ、会社とは別に組織を作っている。 専門家からのお墨付きを作り、口コミ効果やメディアを巧みに使ったアピールを実践している。

Win-Winという言葉でがあるがこの本のなかではマルチWinマーケティングと名付けている。 各ステークホルダーにとって徳な状態を作り上げている。 たとえばもともと虫歯になってから歯医者にくるというマーケットの小ささを虫歯予防を広めることで、10%程度だったターゲット層を定期的かつ層を増やせることをアプローチし、WinWinの状態をつくっている。

またキシリトールが生活の一部に存在するように『ブーム』を作っている。 単発的なブームではすぐに終わってしまうので、話題性、社会性を保つためにカテゴリーを生み出すようにしており、持ち歩くガムからボトルのガムを家や職場に起き、ガムを気軽に食べるようなデザインがされている。 あることが当たり前となるように導入ハードルを減らしながら流通させている。

上記の戦略に加えて、国からの承認を5年まで待ち続けた信じて、対応し続けていた部分だけは粘り度良さなどのモチベーション的なものを感じざるは追えなかったけれども。。

このように通してみると、どんなにいいものであっても どのように対象となるカスタマーに届けることができるか 巧妙な戦略が必要であり、戦略なしではいいものも市場にでていかないことが すごく理解された。

興味を持ったひとはぜひ読んでみてほしい。

話やすい環境をつくるということ。

私は話すことが苦手です。

もう少しちゃんと書くと自分が話したいと思う内容を話しても大丈夫という安心感がないと本音を話すことができない。といったほうがほうが正確かもしれません。

そんな私なので、人が話そうとしている場合の雰囲気や聞き方づくりにはかなり敏感に考えていて、そういう状態づくりができていないとギャップがあるので相手にも気づかれてしまうときがあります。

 

先日ある方に、あなたは話したいと思う人を寄せ付けているかもしれません。

という発言を聞いて、私の特徴でもあるのかなと思い、この記事を書いてみます。

 

何をいっても受けとってくれるという場づくり

 人は否定をされることを極度に嫌います。

 日本人は余計人目やら立場などを気にしやすいのかもしれません。

また言うことで自分のイメージやなんらか損をすると考える場面があるかもしれません。

 

話したいけど話しにくいときに人はどういう状態なら話すことができるでしょうか。

・聞き手があえて恥ずかしい体験を話すなど、そもそも聞き手に話しても大丈夫だというハードルをさげるような発言をして場を柔らかくする

・否定や意見を言う前に、まずはゆっくりと話しを聞いてくれる安心感がある状態

・普段からちょっとした変化に気づいたり、前にいっていたことを話題にすることで引きだし、話し出すきっかけを作る

こういった状況をまず作ることが重要だと思います。

 

具体的にどうするとどういった状況を作ることができるか

1.聞き手があえて恥ずかしい体験を話すなど、そもそも聞き手に話しても大丈夫だというハードルをさげるような発言をして場を柔らかくする

「自分の体験を話すなんてあなたはに対して失礼かも」と思うなど余計な気をつかわせないために

あえて自分の恥ずかしい、謙虚な発言をします。

例えば就職試験の話しをするなら、私結構当時落ちちゃったんですよね。といって共感や相手もそうなんだという安心感を作ると話すハードルは低くなります。

あくまでも相手が緊張して話すことができない。

言いたいことはあるけど口に出せないだろうと判断したときに意識することです。

 

またなにが話すことでのハードルになっているかをゆっくり聞きます。

・話がまとまっていないなど言葉にできないことを気にしている

→一緒に言語化を手伝う旨を伝え、吐き出してみようと促す

・他の人に言われないでほしいなど今日のこの場限りにしてほしい話の場合

→この場のみである旨を伝え安心できる空気を作る

 

 2.否定や意見を言う前に、まずはゆっくりと話しを聞いてくれる安心感がある状態

相手が本当に悩んでいるのであれば話すスピードを下げます。

そして言葉を選ぶ最中にはゆっくりと待ちます。

こちらが先に理解が進んで言いたくなってもそこはいったん待ちます。

止まっている場合はキーワードをいうなどあくまでも話し手のサポートに徹します。

 

早口になると情報が整理されている場合はいいですが、考える時間などを考慮するとゆったりのほうが考えやすいと考えます。すぐに次の話をしないといけないといったプレッシャーも回避できます。 

 

3.普段からちょっとした変化に気づいたり、前にいっていたことを話題にすることで引きだし、話し出すきっかけを作る

これは親しい仲、よく会う人であるほうが気づきやすいですが、

人をよく見ると「ため息をつく」「ぼーっとしている」「鼻歌を歌っている」「考えごとをしている」など数秒相手をみると実は気づくことがあります。

 普段と違わないか、また自分の話す前後にトイレにいくときなどその人が素になったときに元気そうかいつもと違わないかを見ることも気づきやすいきっかけになると思います。

 

NGな場づくり

相談の場面なら自分はこう思ってるけどそれが原因?などと先に決めつけないほうがいいです。

その発言によってその発言と逸れる場合は発言がしにくくなりますので、そういうフィルタを先に作らないようにしてあげることが大事です。

 

話し手と違うアドバイスをする際はまず相手を肯定したうえで、自分が思うことであれば私はこう思うけれどと前置きすること。そして明らかにまちがっていると判断した場合も、こういう視点があるよねというふうに角度を変えて気づかせるような形にすると受け止めやすいかなと思います。

 

最後に

こういうことを気をつけるというのは実は自分がしてほしいことの裏返しなんだろうなと

自己分析をしてはいるのですが、人はそう変わらないので

自分がやっていくことでみんなが自分が言いたいことが言いやすくなれたらなと願うばかりです。

 

シン・ゴジラから学ぶ戦略•会議のありかたについて

シン・ゴジラを3度見たというはまりすぎな筆者だが

その理由には人間模様をうまく描いている点に他ならないと考える。物語にすぎないと起きつつも、会議の本質、物事の決定における課題やポイントがとてもうまく描かれてる。

現在筆者は会社ではまだメンバーとして働くものの、戦略にかかわるようになり、組織の会議にでると、実体験こみでいろいろと感じたり、考えさせれるものがある。

生意気ながらポジションが上の人ほど、シンゴジラをただ鑑賞するのではなく感じてほしいと思うし、以下の内容には深く考えてくれたらという思いも込めて発言したい。

※ネタバレが多いので、内容知りたくないという人は控えてほしい。

 

素晴らしいセリフがたくさんあるのだが、今日はそのなかでも2つのセリフを取り上げたいと思う。

挙げた理由は組織を考えるうえでポイントのなるセリフだと考えたからだ。

大臣、先の戦争では旧日本軍の希望的観測、机上の空論、こうあってほしいという発想などにしがみついたために、国民に300万人以上の犠牲者が出ています。根拠のない楽観は禁物です。
矢口蘭堂 内閣官房副長官(長谷川博己

 エレベーターの中で大臣たちが、これで大丈夫だろうと安堵しながら語る場面があり、そのときにバサッと語るこのセリフである。

たまたま私は先日『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』を読んでいたため、このセリフは印象に残った。この本自体は日本群の戦争での戦いかたを通して、人はどういうときに失敗しているのかを分析し解説したものであるが、その本を読んだからこそでてくるセリフである。

 

このあと映画では益々危機的状況に追い込まれていく。

その要因は失敗の本質にも書かれているように、はじめに立てた計画から立て直すことが固執してしまう政府の姿、危機的状況への臨機応変さのなさなどが要因として浮かび上がってくる。

本で描かれている失敗の本質に書かれているものが再現されている。

略本などは色々でるほど難解な本ではあるが、そういうものではなくこの本を手にとってほしい。

これで大丈夫だろうとはじめに立てた計画通り進め、状況が変わっているものを蓋を閉めてそのまま進めてしまってはいないだろうか?

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

 

 次のセリフはこれである。


本対策室の中では、どう動いても人事査定に影響はない。
なので、役職・年次・省庁間の縦割りを気にせず、ここでは自由に発言してほしい。

矢口蘭堂 内閣官房副長官(長谷川博己

 

ま、便宜上私が仕切るが、そもそも出世に無縁な霞ヶ関のはぐれ者、一匹狼、変わり者、オタク、問題児、鼻つまみ者、厄介者、学会の異端児、そういった人間の集まりだ。気にせず好きにやってくれ。
厚労省医政局研究開発振興課長(津田寛治

 

役職や決裁の手順など硬い政府側に対して、別で立ち上がった「巨大不明生物特設災害対策本部」が発足した際に仕切る2人は発言した言葉である。

対策室での方針をまず最初に発言したこのセリフにはとても強い意味をもつ。このセリフ一見乱暴に聞こえるようでファシリテーション、場の作り方としてはとても素晴らしい一言だと思う。

 

日本人は勤勉だと言われるが、ルールを破ることや体面を気にする部分が大きい。

あえて明確に「人事査定に影響がない」「縦割りを気にせず」「自由に発言してほしい」「気にせず好きにやってくれ」と発言している。

人事査定に影響しないと明言しているのが一番効果があるように思う。

実際にこの組織が映画のなかでも大活躍する。

互いに気にせず発言することで誰かの発言からまた他の思いつきが発生して化学反応を生む。

そして互いの強みを生かし合うように動きだす。

 

言い方を変えればそれだけ異端児が動きにくい状況が生まれやすく、

発言がしにく組織が多いだろう。

発言があふれずぎて会議が進まないというリスクはあるかもしれないが

そんな自由に発言できない場ではメンバーはきっと発言できずに苦しむだろう。

 

この発言がトップができる組織は急成長するだろうなと確信できるセリフで

自分がグループを作る場になったらこの発言ができ、メンバーを信用できるリーダーになりたいと思った。

 

さてあなたはシンゴジラを見てなにを感じただろう?

メンターにはじめてなってみて。

仕事ではじめてメンターになったときの話し。

新人さんではなく、中途で自分より年上の社会人経験多い方に対して自社/担当グループとしての仕事の進め方をサポートして並走するというのが私に託された内容である。

ちなみに私はWebディレクター。相手はエンジニア畑かつプロジェクトリーダー経験者。

 

◆エンジニア畑の人だからこそ陥ること。

技術が先行すると陥りやすいのが「技術が先行してしまうこと」

”今こういう仕組みだからそれを前提にこういう作りにしよう。”

”今取得しているないデータなのでできないですね”

既存の仕組みベースに考えてしまうこと。また既存の仕組みにとらわれてしまうこと。

 

既存の仕組みを参考にするなといっているのではなく、大前提として「何がしたいのか」

技術を知ることによって手段が先になってしまいがちで、そもそも何が目的で、その目的を果たすためにやっとどの手段をとるかがポイント。

要求定義と要件定義が違うという話があるけれどまさしくそこなんだと思う。

 

人は経験を積み重ねることで知識が深まる。

逆に経験が邪魔をすることもある。

そういう部分は本人だけで気づけるとは限らない。

そういう部分を一緒にやるのもメンターの役割なのかなと段々思うようになった。

 

◆新人さんとの大きな違い

タスク管理やスケジュール管理、アラートをあげて質問できるなどのスタンスは問題なし。むしろそういう部分はこちらのほうが学ぶことが多く、ツールなども含めて教えてもらっていた。

 

あくまでも社会人経験が上なのだからそのあたりはだ当たり前だ。

そのへんは相手のほうが経験豊かだ。

メンターといっても、別にすべてが上である必要なんてもちろんないのだ。

あくまでもその職場で先輩なだけ。

お互いに共有できるものは共有する。

それが大事なのだと思う。

 

◆相手が誰であっても見るべきことは同じ

目上の人であっても、後輩であっても相手を見るべきことは同じだ。

よく見ていればしんどいと思う時の表情の癖はわかってくる。

理解できているかどうか、わかっているときとわかっていないとき、ただ単に消化できていないときもちゃんと見たらわかってくる。

基本的にわかっているとき、進められているときはそのまま見守っていればいいし

迷いが顔にでていたらいつでも声をかけやすいようにこちらはその雰囲気を作ればいい。

 

私がメンターとしてやるべきことが何かが段々わかってきた。

 

私は今別のところに移ってしまったが、その方に言われた言葉が未だに残っている。

 

なぜ僕が思っていることがわかるのですか?

 

たぶん私が得意とする、そして欲しいと思っていたメンター像は

これだったのかもしれない。